アドベンチャー オイルとオイルフィルター交換 65306km

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3253kmぶりのオイル交換。
今回はオイルフィルターも交換する番である。

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オイル漏れは見られない。


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夏の暑い時期を走った。油温を通常より少し高めたので心なしかいつもより黒く見える気がする。

最近はなるべくエンジン回転を3000~4000で走るようにしている。
燃費は落ちるが、一般道は4速、高速は5速メインたまに6速で走っているとギアチェンジの回数が減る上にエンジンフィーリングがなんだか気持ちよい。

どちらかというと低回転トルク型のエンジンなので2000~2700回転で事足りるのだが、このくらいだとバルブにカーボンもつきやすくあまりよくないとのことであった。

ただ、高い回転数だとエンジンオイルの消費が大きい。
こまめにチェックする上に200-300kmごとに100mlずつ追加するようにしている。


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オイルフィルターも外す。


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新しいオイルフィルターにエンジンオイルを補充する。
たっぷり入る。

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前回は残り物のオイルのブレンドであったが、
今回からキレイにモービル1の15w-50である。


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エンジンオイルが減りやすいエンジンなので多めに入れておく。

防備録
ドレンボルト32N
オイルフィルター11N

これで次のツーリングの備えはバッチリである。

道志の森キャンプ場

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仕事が平日休みの仲間とキャンプをすることになっていた。
ツーリングがメインではなく、キャンプがメインであったので
昼の13時くらいに出発。






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スーパーアルプス愛川町店に到着する。
この店にくるのは10年ぶりくらいのことである。

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相方はこれ以上積載できないということで、4人分の食料をパニアに詰め込む。
寝袋だけ外につけた。
やっぱりパニアケースがあるとキャンプは楽チンである。

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二人で出発したが、もう二人が仕事の都合でやや遅れるとのことであったので
道志の湯でのんびりとすごす。

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キャンプ場は雨で濡れていた。雨の中のキャンプをどう乗り切るかが今回のテーマであったが
午後七時くらいから雨が止んで星のきらめきが見えた。


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薪の入手に失敗してキャンプファイヤーをあきらめムードであったが、湿った木を集めて濡れて
はいるが油を含んでそうな枯葉を大量に集めて着火したところ案の定たき火が成立した。
濡れていても木は燃える。火の力はすごい。改めて思う。

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川の水に入ってみたが気温の暖かさとは裏腹にひんやりと身に染みる冷たさであった。

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道の駅どうしにて。
平日なのにライダーの集まり方がハンパなかった。

これから寒い時期になるにつれその数は減っていくのであろう。

帰りは圏央道の相模原から東名を使い横浜に帰還。ゆっくりしていたので16時ごろ横浜到着。

帰還困難区域にて




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 やはりここから向かうだけで被爆するのだろうか?空気を吸い込んで内部被爆したりしてしまうのではないか?
放射能に対する知識もあまりないので恐怖はつのるばかり。
対向車は除染作業員と思われる方が乗った車両が何台も通っていく。
しばらく進んでいくと黒く不気味なものが鎮座していた。

おそらく高い放射線を発する廃棄物を保管しているのだろう。

道中、田んぼに稲が作られていたが、食べられるのだろうか?


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不安な気持ちで恐る恐る進んでいくと関所があった。
セキュリティがバッチリで係りの人が検問をしているのだ。
許可車両以外絶対に通してくれないのだ。ほっとした。もう行かなくていいのだ。


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年間積算線量が50ミリシーベルトを超える…一体どういう意味なのだろうか?
後で調べてみたが、どうやら通常我々は日常生活で一年間で1ミリシーベルト被爆するとのことである。

ここから先のエリアでは通常の50倍被爆する可能性があるということである。

被爆するとDNAが傷つき様々な不具合が生じる。
DNAも日常の被爆で傷つきながらもちゃんと回復している。
ところがある一線を越えるとDNAの回復以上の破壊が起こってしまう。
50倍の線量にDNAはちゃんと回復できるのだろうか?

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別ルートから抜け出していく。


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誰も住まなくなった廃墟。
帰還困難区域ギリギリだが、人の気配はまったくない。

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シートの下はこういう風になっていたのか。

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また別の場所。
よく見ると黒いシートから空気を出す穴が付いている。

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普通の空気、木々や景色なのだが、放射能を意識してしまう。
ただ、放射能を怖がるのではなく、理解する必要がある。
目に見えない放射能なので感情的に怖れてしまう部分もあるが、まずは敵が何者なのか知る必要がある。



クッソわかりやすい動画を見つけた。これなら小学生でも理解できる。

そうか!そういうことなのか!これならバッチリである。



米もぜんぜんOK。

国や地域もちゃんとした情報を発信している。
逆に国はみんなをだまそうしているという主張をする人もいるが、そういう気持ちになってしまう人もいると思う。
でも、そう心配する人たちは自宅にちゃんとした浄水器をつけて
水道水に含まれる発ガン性物質のトリハロメタンを除去した水を飲んでいるのかなあ。
食べるご飯とか、ビタミン、ミネラル、ファイトケミカルスなどバッチリ栄養のバランス取れたものを食べているのかな。

自分の主観としてはこのまま除染が続けられれば、今は帰れない人達もいつかは戻ることができるようになるのは間違いない。

10年後、20年後になるかもしれない。
だけど間違いなく、良い方向に進んでいる。自分はそう信じる。

昔、北海道ツーリングの帰りの際に被災した原発の近くを通った。
自分だって、あの景色をもう一度バイクで走りながら見たい。
また見れる時が必ず来るはず。

実際現場で除染されている方々、それに世界中の科学者、物理学者が自分たちを助けてくれる。その人たちによってもっといい策が生まれていくはず。
絶対によくなる。


帰還困難区域に行くことがきっかけでさまざまなことを知ることができた。

放射能を無駄に怖れるな。


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あぶくま高原ラインを走り、鮫川村を目指す。
あたりはすっかり闇に包まれ、ひっそりとした谷戸を駆け抜けていく。
アドベンチャーのライトだけが頼りで、ゆっくりと走っていく。

15kmは走っただろうか。次第に疲れていく。
真っ暗なガードレールもないようなグネグネとカーブの続く道を走るのだが、曲がる先がまったく見えない。
明るいときはそうでもないのに、確認に時間がかかるし、周りがまったく何も見えない闇なので、
少しずつ恐怖心が大きくなっていく。

妖怪にとりつかれたのかもしれない。だんだん恐怖心が強くなっていく。

田舎の道がこんなに恐ろしいなんて…。昼間は長閑な気持ちのよい道でも、日が暮れれば恐ろしい道になる。

もう一時間は走っただろうか…。
さっき確認したときからアドベンチャーの時計を確認するとなんてこった…五分と経ってない。

もう走りたくない…。ところが休憩しようにもあたりは真っ暗なので怖くて停まれないのである。

疲れた体、疲れた精神に闇が止めを刺しにくる。
闇の中にずっといると気が狂うという話を聞いたことがあるが、自分自身も弱い人間なのだとハッキリとわかる。

今まで自分は田舎のよいところばかり見ていたのだ。
こうして真っ暗な中、徹底的に闇に打ちのめされると、やはり都会が恋しくなっていく。

このルートはだめだ。とても走り続けられない。
明かりが多そうな国道で茨城を目指すとする。

逃れ逃れたどり着いた先。闇の中ぽつんと光る自動販売機。

心底ほっとした。一息ついていこう。



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またカエルだ!遠野の自動販売機と同じである。

コーヒーを飲みながら地図を見る。
もうすぐ。もうすぐこの闇の道中から抜け出せる。


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予定していたルートを変更し国道349号線に乗る。
普通の道路がこんなにも走りやすかったなんて…。
今まで自分が恵まれていたことに始めて気が付く。

この349号線が恐ろしいくらいに快走路ですごい速度で南に下っていけた。
この道路は何かと使える。

那珂市(なかし)について、食事をしようと決めていた。

茨城県那珂市菅谷2428−2で偶然見かけたチャイナファミリー鳳龍というお店である。

フラフラとお店に入っていく。
アットホームな雰囲気のお店だ。


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ラーメンとギョウザのセットである。
やさしい家庭的な味である。
これがたまらなくうまく感じた。

精神も体も疲れきっており、この料理でどれほどほっとさせられたことか!
本当にうまかった。

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国道6号線をひたすら走り、途中国道16号に乗り換え、柏から少し走り三郷から首都高速で東神奈川へ。

0時26分到着。
今回のツーリングの総走行距離1472km
消費したエンジンオイル約600ml

高速道路料金
東神奈川→三郷 1070円
柏→三郷→東神奈川 1480円
合計2550円。

疲れ果てたが、クタクタにくたびれるほど走り大満足であった。
また行こう!!

陸前高田へ

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陸前高田に到着する。
大船渡と比べ、工事現場の範囲がかなり広大であった。

プレハブのAUショップである。
スナックもプレハブ、コンビニもプレハブ、お好み焼き屋さんもプレハブのプレハブ尽くしであった。

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アドベンチャーのタンクにはまだまだ燃料があったが、ほんのほんのわずか、この町のためになるかもしれんと思い給油をしていく。

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ガソリンスタンドの若い兄ちゃんと話したのだが、スタンドの建物のこんなに高いところまで波が着たとの事。
信号3つ先のスタンドはエネオスの大きな看板までの津波の高さだったらしい。

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このスタンドの目の前に郵便局があったらしいのだが、流されてしまったとのこと。
スタンドの兄ちゃんは当事中学生で、実際津波を目の当たりにしたらしい。
兄ちゃんの自宅はもうあとわずかというところでギリギリ被害を免れたらしい。

話す兄ちゃんの瞳に未来への希望を感じる。
兄ちゃんたち若者がこの町をこれから作っていく。


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遥か向こうに海が見える。
ここから海まで4kmあるとのことだが、こんなところまで津波がやってきた。

町を作り直すだけではなく、たくさんの土を持ってきて丘を作っていかなければなるまい。

また何年かしたらまた訪れてみよう。
今度来たらさらに多くの希望に燃える人たちが増えていることだろう。


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恐ろしいほどの快走路が続き、一旦国道4号に乗り、その後仙台を回避するためにぐるっと回る段取りであった。

なつかしいものを発見した。
ハーレー乗りの友人と北海道に行くときに立ち寄った食堂である。
記憶が正しければこの右側のお店で食べたのだが、どうやらつぶれているようだ。

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宮城県栗原市一迫一本杉743−2
にある食事処に飛び込む。
昨日の夜はろくな食事ではないし、朝からコーヒーしか飲んでいないのでガッツリ栄養補給したいところであった。


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店員さんの東北なまりが心地よい。
ご主人の電話を受ける言葉遣いがやさしい。

36時間ぶりぐらいのちゃんとした食事が身に染みる。

珍しいものや、とびっきり工夫されたものでなくていい。
その土地の人が作る普通の定食が自分にとって何よりのご馳走。


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腹いっぱいになって次の目的地、放射能汚染区域のことを考えると、少し心配になる。
距離はここから190kmといったところだ。

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午後4時ごろ付近に到着。
はじまる。

あわわ…これがリアルなS.T.A.L.K.E.R.の世界…。
怖い…やっぱり行くのやめたい…クソッ!!

宮古に行けず、大船渡へ

遠野駅のベンチで缶コーヒーを飲みながらゆっくりと考える。
さてどうしたものか…。

他のビジネスホテルはここから100km以上は行かないとないようだ。

うむ…。ならばラブホテルはどうだ?
地図を見ると、近くに一つだけホテル楽園というラブホテルがある。

早速電話すると、おじいちゃんが「ハイ」と一言だけ言って出る。しまった、間違えたかと思ったが、ホテル楽園さんですか?と聞くとそうですと答える。
どうやら空いているらしい。

ただ、一つ懸念があって、ラブホテルは一人で泊まるのを嫌がる傾向にある。
そりゃそうだ。
電話だと断られる可能性があるので現地で直接交渉すればいい。

アドベンチャーと自分の姿を見てもらえば、ただの迷い込んだツーリングライダー
として納得してもらえるはず。

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ラブホテルに行く途中にローソンがあったのでそこで食料と飲み物を調達し向かう。

ラブホテルにうまく侵入すると、モーターホテル型のタイプで直接入り込んであとは勝手によろしくくという形でフロントで挨拶なんかしない。
しめしめ。
交渉が必要かと思ったが、ふうやれやれ、問題なかった。

今日一日よく走った。汗と排気ガスにまみれた。大変疲れた。
風呂を沸かす。
生き返った!!!
携帯電話の電波が非常に弱く、ネット接続が難しい。

テレビを見ながら食料を食べ、いつの間にか眠っていた。


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朝六時に目が覚める。
もう一回お風呂を沸かして入る。
さあ出発だ。


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ホントに助かった。
朝はおばあちゃんが料金を受け取りに来てくれた。
横浜から来たことや、泊まるところがなくて本当に助かったと伝える。


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出発前に走行距離を確認する。723kmか。
エンジンオイルを200mlほど追加する。

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昨日洗った靴下を乾かすために。
一時間も走れば乾くだろう。そしたらまた履くのである。

宮古に向かうが台風の影響で土砂崩れで宮古までは海側を経由しなければならず、
今回はあきらめることにした。

遠野の風景を感じながら海に向かっていく。

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朝のコーヒー休憩である。


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被災地に近づいていくにつれ、自分の気持ちが暗くなっていく。
あのようにたくさんの人がなくなった町にどういう顔をしていけばいいのかわからない。

とにかく行ってみればいい。行けば何かがわかる。


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大船渡に到着する。
港周辺が工事現場のようである。
これから新しい建物がどんどん出来上がっていく最中であった。


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まだ取り壊されていない。


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ちょうどあの高さまで津波が来たのだろう。

9年ほど前に北海道ツーリングの帰りに1人三陸の海岸沿いを走り野宿場所を探していた。
津波の注意の看板がいたるところにあり、怖くて海岸で野宿ができなかった。
関東では見れない大きさの防潮堤を真夜中に見かけたとき本当に怖かった。


その数年後に実際津波がやってきた。

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すぐそばの家々を見る。
圧倒的に新しい建物のほうが多い。
もう新しい生活がはじまっているのである。


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港周辺は土が多い。


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陸前高田に向かう
プロフィール

Takesi Goda

Author:Takesi Goda
1980年製のライダーです。オートバイに20歳から乗り始めて17年になりました。
81年製モンキー、12年製エストレヤの二台体制です。
新車でR1200GSAを買う経済力を手に入れるために動いております。
以前ほどバイクに本腰を入れることができませんが月に1-2回はツーリングに行きます。
夢は日本一周とアメリカを自分のバイクで旅すること。

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